DNAメチル化と疾患: エピジェネティックスの役割と可能性

オミクス基礎知識

はじめに

エピゲノム入門の記事でもご紹介の通り、エピゲノムは、塩基配列の変化を伴わない後天的な化学的修飾により、遺伝子の発現を変化する機構を指します。これらの修飾の代表的なものとしては、DNAメチル化、ヒストン修飾やクロマチン構造、non-cording RNAなどが挙げられます。この記事では、DNAメチル化が疾患の発症や進行にどのように関与しているか、そしてその臨床応用の可能性について解説します。

DNAメチル化の概要

DNAメチル化は、DNAメチル基転移酵素により、シトシン塩基にメチル基が付加される化学的修飾で、主にCpGサイト(シトシンとグアニンが連続する配列)に起こります。DNAメチル化は、遺伝子のプロモーターやエンハンサー領域において、転写因子の結合を阻害し、遺伝子の発現を抑制する役割を果たします。一方で、遺伝子領域全体においては、DNAメチル化は遺伝子の安定性や構造を維持する役割も持っています。重要な点として、DNAメチル化は可逆性があり、メチル化過程と脱メチル化過程が存在するという点が挙げられます。

DNAメチル化と疾患

近年の研究により、エピジェネティックな修飾がさまざまな疾患と関連していることが明らかになってきました。以下に、DNAメチル化と関連が深い疾患の例を挙げます。

がん
がん細胞では、がん抑制遺伝子のプロモーター領域における過剰なDNAメチル化により、これらの遺伝子の発現が抑制され、ある種のがんの発症や進行が促進されることが報告されています。また、反対に、がん遺伝子のプロモーター領域でのDNAメチル化の減少により、これらの遺伝子が活性化され、がんの発症や進行が促されることもあります。

神経疾患
アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経疾患でも、DNAメチル化の異常が関与していることが示唆されています。例えば、健常人と比較して、アルツハイマー病の患者ではある遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化レベルが低下していました。、このDNAメチル化変化は病気の発症や進行に関与していると考えられると共に、診断マーカーとしての有用性も示しています。パーキンソン病においても、DNAメチル化の異常がドーパミン神経細胞の機能低下やアポトーシス(細胞死)を引き起こすことが報告されています。

精神疾患
後天的なエピジェネティック修飾は、トラウマやストレスといった環境因子でも変化することが示されており、PTSDや虐待、依存症といった分野でのDNAメチル化状態の変化が注目されています。統合失調症やうつ病、双極性障害でも、発症への関与や診断マーカーとしての可能性が検討されています。

自己免疫疾患
DNAメチル化の異常は、自己免疫疾患(例: 全身性エリテマトーデス、リウマチ性関節炎)とも関連しています。これらの疾患では、遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化の変化が、免疫応答の異常や自己抗体の産生に関与していると報告されています。

DNAメチル化の治療への応用

DNAメチル化に関連する疾患に対しては、エピジェネティック治療が注目されています。エピジェネティック治療は、DNAメチル化を調節することで、異常な遺伝子発現を正常化し、疾患の進行を抑制することを目的としています。例えば、DNAメチル化を抑制する薬物(DNAメチル基転移酵素阻害剤)であるアザシチジンとデシタビンが、一部の血液疾患(急性骨髄性白血病、骨髄異形成症候群)の治療に効果を示しており、臨床応用が進んでいます。

今後の展望

DNAメチル化解析の技術は日々進歩しており、より詳細な情報を入手できるようになってきています。DNAメチル化はさまざまな疾患と関連していることが明らかとなりつつあり、DNAメチル化をターゲットとした治療法の開発、疾患の診断や予防に役立つマーカーとしての利用がますます期待されます。また、個人の遺伝子情報や環境要因とエピジェネティックな修飾の関係を解明することは、個別化医療や予防医学の進展にもつながるでしょう。

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参考文献

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