エピゲノムと幼少期の外部環境の相関〜脂質代謝異常に関わるエピジェネティクス〜

エピゲノムと産業応用

◆ 外部環境の影響を受けやすいエピゲノム

エピジェネティクス研究の発展により外部環境による遺伝子への影響が示されたことで、特に病気の背景にあるライフスタイルや食事に注目が集まっています。
例えば、喫煙はがんになるリスクを促進することが知られていますが、そのメカニズムは熱や煙などの直接的な刺激ではなく、タバコに含まれる発がん物質によって引き起こされる遺伝子制御の不具合の蓄積です。
バランスの取れた食事は平均余命を延ばし、肥満、糖尿病、癌、精神障害など特定の疾患の予防または治療に役立つとされる一方、食事がエピゲノムを変化させる生物学的なメカニズムや、エピゲノムの変化による実際の身体や病気への影響は解明されていません。
エピゲノムは後天的な遺伝子の修飾であり、外部環境の影響をうけやすいという性質を持っています。

Woman hands holding a cigarette smoking and drinking alcohol in a bar table

以下に紹介する研究では、外部環境のうち、特に食事に着目して、エピゲノムの変化が遺伝子と代謝産物に及ぼす影響を明らかにし、生涯にわたる病気に対する感受性が幼少期の外部環境に依存する可能性を示しています。

『エピゲノム環境の相互作用はエピゲノムの老化を加速し、成人期に代謝的に制限されたエピジェネティックな再プログラミングのロックを解除する』
Epigenome environment interactions accelerate epigenomic aging and unlock metabolically restricted epigenetic reprogramming in adulthood

Lindsey S. T, Jianrong D, Ahkilesh K, Tiffany A. K, Rahul K. J, Matthew J. R, Sandra L. G, Chandra . R. Ambati, Vasanta P, Aaron R. C, Kang H. K, Thaddeus D. M, Morgan R. G, David D. M, Sean M. Hartig, Charles E. F, Nagireddy P, Cristian C, Cheryl Lyn Walker
Nature Communications volume, 11, Article number: 2316

内分泌かく乱化学物質(以下、EDC)はホルモンの働きを阻害して、肝臓などの代謝が活発な臓器での疾病リスクを高める化学物質です。例として、ダイオキシン類は内分泌かく乱作用を有すると疑われる物質のひとつです。

これまでの研究では、幼少期のEDCへの暴露は代謝機能に障害を与え、糖尿病や肥満症などに代表される代謝疾患のリスクを高めることが報告されています。また、幼少期のEDCへの暴露は成人期のラットにDNAのメチル化異常を引き起こすことも示されていることから、代謝機能への障害や代謝疾患のリスクの上昇には、エピゲノムが関わっているのではないかと考えられています。

そこで、本研究では幼少期のEDCへの暴露がどのように代謝機能障害を引き起こすのかを調べるため、EDCへ暴露した新生児ラットと、食事を与えた成人期ラットの代謝機能を長期にわたって観察することで、外部因子によるエピゲノムの変化を追跡しています。

◆ 幼少期のEDC暴露によるエピゲノムの変化

はじめに、EDCによる成人期の代謝異常が引き起こされる原因となるエピゲノムを調べるため、EDCを暴露した新生児および成人期ラットの肝臓を解析・比較した結果、幼少期にEDCを暴露したラットではエピゲノムの老化が促進されるヒストン修飾の異常が引き起こされることが示されました。
新生児の肝臓では、EDC暴露により正常な肝臓成熟時に匹敵するヒストン修飾の変化が検出され、エピゲノムの老化が促進されていることが明らかとなりました。

Wrinkled and fresh apple isolated on white background. Aging concept.

◆ エピゲノムの異常が遺伝子発現に与える影響

次に、EDCに暴露されたラットに通常の食事および脂質過剰な西洋風の食事を与え、それぞれの遺伝子の発現量を解析しました。

その結果、通常の食事を与えたラットと比較して、西洋風の食事を与えたラットでは肝臓におけるコレステロールや脂肪酸代謝など脂質代謝に関連する431もの遺伝子が変化していました。中でもEGR1遺伝子は、西洋風の食事を与えたラットで過剰に発現した遺伝子の1つであり、この遺伝子から産生される転写因子は食事などに反応し、肝臓の代謝に関与する遺伝子の発現を制御することが知られています。

また、このEGR1遺伝子の発現上昇はEDCへの暴露のみのラットには認められず、EDCへの暴露に加え西洋風の食事を与えたラットでのみ観察されました。さらに、西洋風の食事を与えたラットでのEGR1遺伝子の発現上昇は下流の遺伝子発現に影響を及ぼすことも確認されました。
これらのことから、幼少期に有害な外部因子に暴露されることで、将来の食生活による肥満などのリスクが上昇する可能性を示唆しています。

◆ エピゲノムの影響を受けた遺伝子が肝代謝の異常を引き起こす

最後に、EDC暴露と西洋風の食事の摂取による遺伝子発現が肝代謝に与える影響を明らかにするため、遺伝子発現の状態と体内のアミノ酸や脂肪酸について解析を行いました。
その結果、葉酸、メチオニン、システイン、およびグルタチオンを含む細胞活動に必須な経路である一炭素代謝経路の異常が検出されました。
さらに、この経路に関連する遺伝子や、脂質・コレステロールの代謝に関連する遺伝子の発現の有意な上昇が確認されたことから、EDC暴露と西洋風の食事の摂取による遺伝子発現の変化が代謝に影響を与えることが示唆されました。

本研究により、外部因子によるエピゲノム (ヒストンの修飾) と遺伝子発現および肝代謝との相関が明らかになりました。この研究では、エピゲノムはその可塑性により成長期の外部環境の影響を大きく受け、その影響は遺伝子発現を変化させ代謝異常を引き起こすとまとめています。
EDCは特別なものでではなく、身近な食器などにも含まれる物質です。

幼少期の外部環境への暴露が代謝異常を高める可能性が示された一方、これらは成人期の代謝障害に起因する病気の予防に対する新しい戦略になるかもしれないと締めくくられています。

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