はじめに
エピゲノムは、塩基配列の変化を伴わない後天的な化学的修飾により、遺伝子の発現を変化させる機構を指します。これらの修飾の代表的なものとしては、DNAメチル化、ヒストン修飾やクロマチン構造、non-cording RNAなどが挙げられます。
エピジェネティクスは遺伝的な情報とともに私たちの生物学的特性を決定する要素と言えますが、そのエピジェネティクスが環境によってどのように影響を受けるかというテーマは非常に重要な研究課題です。今回は、環境因子がDNAメチル化にどのように影響を与えるかについて解説します。
環境因子とDNAメチル化
エピジェネティクスのひとつであるDNAメチル化は、DNAメチル基転移酵素により、シトシン塩基にメチル基が付加される化学的修飾で、主にCpGサイト（シトシンとグアニンが連続する配列）に起こります。DNAメチル化は、遺伝子のプロモーターやエンハンサー領域において、転写因子の結合を阻害し、遺伝子の発現を抑制する役割を果たします。したがって、DNAメチル化パターンが不適切に変わると、細胞の機能が損なわれる可能性があります。（関連記事：DNAメチル化と遺伝子制御: エピジェネティックな修飾の理解）
私たちの身体に影響を与えるさまざまな環境因子、例えば食事、運動、ストレス、喫煙、酒などがDNAメチル化に影響を与えることがわかってきました。これらの環境因子は、細胞のメチル化パターンを変更し、遺伝子発現を変動させる可能性があります。例えば、特定の食事要素がメチル化を促進し、特定の遺伝子の発現を抑制するという事例が知られています。これは食事が私たちの遺伝子発現と健康に影響を与える一例であり、個人栄養学、しいてはパーソナライズド・ヘルスケアの重要性を示しています。
食事とDNAメチル化
現代のエピジェネティクス研究では、特定の食事成分がDNAメチル化に影響を及ぼし、その結果、特定の遺伝子の発現を変化させる可能性が指摘され、注目を浴びています。たとえば、葉酸と呼ばれるビタミンB群は、、メチオニンからメチル化反応の基質であるSAM（S-アデノシルメチオニン）の生成に重要な役割を果たす事から、メチル化の機序と密接に関係していると考えられます。。葉酸欠乏はアルコール中毒や抗がん剤投与などで起こり、その補充は経口摂取で行うことが可能です。豊富に含まれる食品としては、葉緑野菜、豆類、果物、レバーが挙げられ、葉酸は非常に身近な存在である事がわかります。
食事成分とDNAメチル化という視点から、妊娠時の栄養状態が出生児のDNAメチル化に影響を与える可能性があるという報告は、非常に興味深いものがあります。様々な研究が行われており、ここで一つの事例をご紹介いたします。
鉄は、酸素運搬やエネルギー産生、DNA合成に関与するタンパク質の重要な補酵素として重要な必須微量元素です。貧血に対して鉄をサプリメントで補充するという経験は、身近なものかと思います。体内の鉄の状態は、鉄を貯蔵する役割を持つタンパク質であるフェリチンを採血で測定する事でわかります。2022年、M. J. Taeubertらは、妊娠初期の血清フェリチン濃度が、臍帯血における幾つかのCpGサイトのメチル化レベルの低下と関連していると報告しました。さらには、出生児が成長した段階においても、ある程度この特徴が持続しているという事が示されています。これは、妊娠中の栄養状態が子供の遺伝子発現と健康状態に長期的な影響を及ぼす可能性を示唆しています。
特定の食事や栄養状態が私たちの遺伝子発現と健康に影響を与える可能性がある事は非常に重要な知見です。さらに母親の栄養状態が、子供のDNAメチル化状態に長期的に影響を与える可能性は、今後ますます着目されていくでしょう。そしてまた、これらの知見の集積により、個々の遺伝子型や生活習慣に合わせた最適な食事の提案が行われていくことでしょう。
参考文献
Feil, R., & Fraga, M. F. (2012). Epigenetics and the environment: emerging patterns and implications. Nature Reviews Genetics, 13(2), 97-109. doi:10.1038/nrg3142
Jaenisch, R., & Bird, A. (2003). Epigenetic regulation of gene expression: how the genome integrates intrinsic and environmental signals. Nature genetics, 33(3s), 245-254. doi:10.1038/ng1089
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