はじめに
RNA-seqとATAC-seqは、それぞれ遺伝子発現とクロマチンアクセシビリティを評価するための強力なツールです。このブログでは、これら2つの技術を統合して解析する方法とその応用について解説します。
RNA-seqとは
RNA-seq(RNA-sequencing)は、次世代シーケンサーを用いて、細胞や組織中の遺伝子発現を、網羅的そして定量的に解析する手法です。RNA-seqは、遺伝子の発現定量だけではなく、未知のスプライシングパターンの検出、新たな遺伝子やnon-cording RNAの発見などに寄与し続けています。(関連記事:RNA-seqを用いた遺伝子発現解析: 方法と応用)
ATAC-seqとは
ATAC-seqは、改変されたTn5トランスポゼースを利用して、オープンクロマチン領域を特定する方法です。改変されたTn5トランスポゼースは、DNAを切断し、その両端にシーケンス用アダプターを付加する機能を持ちます (tagmentation、タグ化)。オープンクロマチン領域ではDNAにトランスポゼースが結合しやすく、結果として、オープンクロマチン領域のDNAがタグ化された断片として得られます。このタグ化されたDNA断片を増幅しシーケンスすることで、オープンクロマチン領域の位置情報を得ることができます。(関連記事:ATAC-seqによるオープンクロマチン解析: 方法とその意義)
RNA-seqとATAC-seqの統合解析
RNA-seqデータとATAC-seqデータの統合解析により、細胞内の遺伝子発現とクロマチンアクセシビリティのパターンを同時に評価することができます。これにより、遺伝子の発現がどのように制御されているかをより深く理解することができます。この統合解析は、以下のステップで行われます。
データの前処理
RNA-seqとATAC-seqのデータは、リードのトリミング、クオリティチェック、リードのマッピング、発現量やアクセシビリティの評価など、一連の前処理を経てから解析に用いられます。
発現遺伝子とオープンクロマチン領域の同定
RNA-seqからは発現遺伝子を、ATAC-seqからはオープンクロマチン領域を同定します。これらは、各遺伝子の発現パターンとクロマチンアクセシビリティが連動しているかどうかを評価する基礎となります。
統合解析
発現遺伝子とオープンクロマチン領域のデータを統合し、遺伝子の発現とクロマチンアクセシビリティがどのように関連しているかを評価します。統合解析には、ピアソン相関、スピアマン相関、またはカノニカル相関解析などの統計的手法が用いられます。また、発現変動遺伝子と条件特異的なオープンクロマチン領域に濃縮する転写因子結合モチーフの情報を組み合わせ、特異的な遺伝子発現を主導する転写因子を予測することができます。

統合解析の応用
RNA-seqとATAC-seqの統合解析は、遺伝子の発現制御メカニズムの理解に大きく貢献しています。特に、疾患研究や細胞生物学、発生生物学などの分野でその有用性が認識されています。
Buenrostro et al.(2018)は、シングルセルRNA-seqとATAC-seqの統合解析を用いて、ヒトの骨髄における遺伝子発現とクロマチンアクセシビリティのパターンを評価する事で、造血細胞の分化の制御を明らかにし、また、単一細胞の分解能での統合解析の可能性を示しました。
以上のように、RNA-seqとATAC-seqの統合解析は、遺伝子発現とクロマチンアクセシビリティの間の相互作用を評価し、遺伝子の発現がどのように制御されているかを理解するための強力な手法であり、技術の発展と共に、その適応や応用の可能性が広がっていくことでしょう。
今後の展望
これまで述べたように、RNA-seqとATAC-seqの統合解析は、我々が生物学的プロセスを理解する上で非常に有力な手段となっています。しかし、以下のような課題もあります。
データの解析と解釈の難しさ
得られるデータは膨大で、的確に統合解析し、解釈するためには、統計学的な手法と生物学的な背景の理解、そしてコンピュータスキルが必要です。
統合解析の手法の標準化
RNA-seqとATAC-seqのデータを統合する方法はまだ標準化されていません。どのような手法が最適であるかは、具体的な研究の目的や試料の性質によります。
適切な方法の選択やデータの正確な解釈を行ったうえでのRNA-seqとATAC-seqの統合解析は、我々に、これからもさまざまな面で、新たな生物学的知見を提供していくことでしょう。
参考文献
Buenrostro JD, Corces MR, Lareau CA, Wu B, Schep AN, Aryee MJ, Majeti R, Chang HY, Greenleaf WJ. Integrated Single-Cell Analysis Maps the Continuous Regulatory Landscape of Human Hematopoietic Differentiation. Cell. 2018 May 31;173(6):1535-1548.e16. doi: 10.1016/j.cell.2018.03.074. Epub 2018 Apr 26.
レリクサのサービスなら
丁寧なビフォアサポート・アフターサポート
15名以上の博士研究者が在籍。高い専門性と丁寧なサービスで、最後までご満足いただけるサービスを提供します。
リーズナブルで高品質なシーケンス
競争力のある複数の国内外シーケンスプロバイダーと提携し、低価格・高品質なデータ取得を実現しています。データ解析をご自身で実施するお客様からも選ばれています。
カスタム実験・オーダーメイド解析・統合解析にも対応
ご研究目的やご要望の図版、参考文献等に応じて、標準サービスメニュー外のカスタム実験・カスタム解析・マルチオミクス解析・統合解析も承ります。
株式会社Rhelixa(レリクサ)について
当社は最先端のゲノム・エピゲノム解析で培ってきた技術を活用して、生物学・医学・薬学領域における基礎研究や製品・ソリューションの開発、またはそれらの受託業務を行っています。次世代シーケンサーにより得られるエピゲノムデータの他、ゲノムやトランスクリプトーム、メタゲノムデータを組み合わせた統合的なデータ解析により、細胞制御の詳細なメカニズムの予測や精度の高いマーカーの探索を行います。また、研究開発のあらゆる場面で必要となるデータの統計解析や図版作成を基礎知識を必要とせず誰もが手元で実現できる環境を提供しています。