RRBSの適用分野と論文紹介
RRBS(Reduced Representation Bisulfite Sequencing)は、さまざまな生物学的および医学的研究分野で広く使用されています。ここでは代表的な分野を幾つかご紹介します。(RRBSに関する基本事項は別ページ参照)
発生生物学におけるDNAメチル化の役割
RRBSは、発生生物学における細胞分化や組織形成のプロセスを解明するための鍵となるDNAメチル化を研究する際の強力なツールとして利用されています。
例えば、マウスの胚は着床する過程で、グローバルなDNAメチル化を獲得する事が知られています。その際にDNAメチル基転移酵素であるDnmt1、Dnmt3a、Dnmt3bが果たす役割について明らかにする為、それぞれの遺伝子を不活性化し、メチローム解析やトランスクリプトーム解析が行われました。メチローム解析にはRRBS、RRBSの結果を確認検証するためのWGBS(Whole Genome Bisulfite sequencing)が用いられています。この研究で、DNMT1はメチル化維持酵素である事や、DNMT3A/Bは発生におけるメチル化の獲得のみを担う事など、厳密な機能分担があることがわかりました。また、DNAメチル化により様々な遺伝子やレトロトランスポゾン、トランスポゾンの制御が行われている事が明らかとなりました。
肺腺癌の進行と乳癌発症の予測分析
がん生物学: がん細胞は、正常細胞と比べてDNAメチル化のパターンに顕著な違いを持つことが多く、これが腫瘍の発生や進行に関与していることが知られています。RRBSは、特定のがん種やがんの進行段階に特有のメチル化パターンを明らかにし、がんの特性や治療反応性とどのような関連性を持っているのかを解明するために利用されています。このような知見の集積は、新しい治療ターゲットの発見やがんの予測、診断マーカーの開発に繋がります。
例えば、Xin Huらは、肺腺癌の発癌初期におけるDNAメチローム変化とメチル化腫瘍内不均一性(ITH)については、これまで系統的な研究がなされてきませんでした。著者らは、浸潤性肺腺癌と前癌病変である非定型腺腫様過形成(AAH; Atypical adenomatous hyperplasia)、上皮内腺癌(AIS; Adenocarcinoma in situ)、および微小浸潤性腺癌(MIA; Minimally invasive adenocarcinoma)において、RRBSを行いました。メチル化異常は徐々に増加・蓄積し、より浸潤性肺腺癌に近づく後期病変ではメチル化ITHのレベルが有意に高いことが観察されました。また、グローバルな低メチル化の増加は、高い遺伝子変異量、高いコピー数変異、高い制御性T細胞/CD8陽性T細胞比などと関連しており、早期発癌段階における染色体不安定性、突然変異誘発、腫瘍免疫微小環境に対するメチル化の潜在的な影響が示唆されました。
次に、がんの発症予測に繋がる研究をご紹介します。Felicia Fei-Lei Chungらは、コホート内症例対照研究を行い、乳癌患者のバフィーコートサンプルからRRBSを用いてDNAメチル化プロファイルを取得し、患者と対照群と比較して異なるメチル化部位(DMRs;Differentially methylated regions) を明らかにしました。そしてPrediction Analysis for Microarrays(PAM)アルゴリズムにより、乳癌を発症した個人とそうでない個人を分類しました。最終的なPAMモデルを検証セットでテストしたところ、臨床診断の数カ月から数年前に、乳癌の発生を予測することが可能である事が示唆されました。
肥満と加齢が脳のエピジェネティクスに与える影響
神経科学: 神経系における細胞間のコミュニケーションや、学習・記憶のメカニズムにはエピジェネティクスが深く関与していることが示唆されています。特に、ストレスや薬物の摂取、食事や肥満などの環境因子が与える影響や疾患の発症に伴うエピジェネティクス的変化の研究において、RRBSの役割は大きなものとなっています。
Jacob W Vander Veldenらは、加齢や肥満がどのように脳に悪影響を及ぼし、神経変性疾患のリスクを高めるのかを明らかにするため、マウスに普通食または肥満誘発食を与え、RRBSを用いて海馬背部のCpGメチル化の変化を解析しました。高齢の肥満マウスでは、多くのDMRが同定され、遺伝子オントロジー解析の結果、神経系の発達と多細胞生物形成過程の制御という2つのパスウェイが影響を受けていることが示されました。メチル化変化を示す遺伝子の発現解析と併せて、肥満は加齢と相互作用して海馬のメチロームに大きな影響を与え、神経変性に関与する遺伝子の発現を変化させる事が明らかとなりました。
まとめ
RRBSは、遺伝子の発現を制御するDNAメチル化の詳細な解析に欠かせない手法として注目されています。WGBSより低コストに、CpGアイランドを高解像度に解析できるこの技術は、様々な分野の多くの研究で利用されており、その成果は、上記で紹介した以外にも多数の論文で発表され続けています。
参考文献
Dahlet, T., Argüeso Lleida, A., Al Adhami, H. et al. Genome-wide analysis in the mouse embryo reveals the importance of DNA methylation for transcription integrity. Nat Commun 11, 3153 (2020). https://doi.org/10.1038/s41467-020-16919-w
Hu, X., Estecio, M.R., Chen, R. et al. Evolution of DNA methylome from precancerous lesions to invasive lung adenocarcinomas. Nat Commun 12, 687 (2021). https://doi.org/10.1038/s41467-021-20907-z
Chung FF, Maldonado SG, Nemc A, Bouaoun L, Cahais V, Cuenin C, Salle A, Johnson T, Ergüner B, Laplana M, Datlinger P, Jeschke J, Weiderpass E, Kristensen V, Delaloge S, Fuks F, Risch A, Ghantous A, Plass C, Bock C, Kaaks R, Herceg Z. Buffy coat signatures of breast cancer risk in a prospective cohort study. Clin Epigenetics. 2023 Jun 12;15(1):102. doi: 10.1186/s13148-023-01509-6.
Vander Velden JW, Osborne DM. Prolonged diet-induced obesity modifies DNA methylation and gene expression in the hippocampus. Neurosci Lett. 2022 May 29;780:136656. doi: 10.1016/j.neulet.2022.136656
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当社は最先端のゲノム・エピゲノム解析で培ってきた技術を活用して、生物学・医学・薬学領域における基礎研究や製品・ソリューションの開発、またはそれらの受託業務を行っています。次世代シーケンサーにより得られるエピゲノムデータの他、ゲノムやトランスクリプトーム、メタゲノムデータを組み合わせた統合的なデータ解析により、細胞制御の詳細なメカニズムの予測や精度の高いマーカーの探索を行います。また、研究開発のあらゆる場面で必要となるデータの統計解析や図版作成を基礎知識を必要とせず誰もが手元で実現できる環境を提供しています。