はじめに
近年、次世代シーケンス技術の進化により、遺伝子解析の効率と精度が向上しています。その中で、全エクソームシーケンス解析(WES: Whole Exome Sequencing)という方法が注目を浴びています。この記事では、WESの原理、利点、課題、および研究への活用について説明します。
WESの原理と手順
WESは、ゲノムのエクソンと呼ばれるタンパク質翻訳領域だけを対象にシーケンスを行う技術です。エクソンは、ヒトゲノム全体の約1-2%を占めているに過ぎませんが、遺伝子疾患の原因となる変異の多くがこの領域に存在することが知られています。WESは、全ゲノムシーケンス(WGS)に比べて解析対象の範囲が狭い一方で、コストや解析時間を削減しつつ、遺伝子疾患の原因解明に重要な情報を提供できます。
WESは次の手順で行われます。
- DNAサンプルの抽出: 対象となる細胞や組織からDNAを抽出します。
- エクソンへのプローブハイブリダイゼーション: 特定のエクソン領域を標的としたプローブを使用して、対象のエクソン領域を選択的に捕捉します。
- エクソンの濃縮: プローブとハイブリダイズしたエクソン領域を濃縮し、不要なゲノム領域を除去します。
- ライブラリー調製: 濃縮して得られたエクソン領域を用いて、シーケンスライブラリーを調製します。
- シーケンス: 次世代シーケンサーを用いて、エクソン領域のシーケンスを行います。
- データ解析: シーケンスデータを解析し、変異や遺伝子発現の情報を得ます。
WESの利点
- コスト効率: WGSに比べて解析対象が狭く、解析時間や費用・得られるデータ量などを削減出来る為、効率的に解析を行えます。
- 遺伝子疾患研究への適用: 遺伝子疾患の原因となる変異の多くがエクソン領域に存在するため、WESは遺伝子疾患の解析に適しています。
WESの欠点
- エクソン領域外の変異の検出が不可: エクソン領域外の遺伝子制御領域やnon-cording RNAなど、重要な機能を持つ非エクソン領域の変異は検出できません。
- 捕捉効率のばらつき: プローブ設計や実験条件によって、エクソン領域の捕捉効率がばらつくことがあります。
WESの研究への活用
WESは、希少な遺伝性疾患の原因遺伝子を同定するための強力なアプリケーションとして活用されています。責任遺伝子を特定するためにWESをはじめて適用したといわれている研究のひとつに、Miller症候群に関するものが挙げられます。。Miller症候群は、顔面異形成や心臓の欠陥などを特徴とする稀な疾患で、具体的な原因が長らく不明でした。しかし、WESによってDHODH遺伝子の突然変異がMiller症候群の原因であることが明らかになりました。
また、WESはがんの診断と治療にも活用されています。がん細胞内の全てのエクソンをシーケンスし、がんの発生に関与する可能性のある遺伝子変異を検出する事が出来るからです。1つの具体的な研究事例として、WESを用いて非小細胞肺がん患者の全エクソームを解析した研究があります。この研究では、既知のがん遺伝子だけでなく、新たながん遺伝子候補も同定されました。これは、WESががんの分子的理解を深め、個別化医療への道を開く可能性を示しています。
まとめ
WESは、エクソン領域のシーケンスを対象とすることで、コストや解析時間を削減しつつ、遺伝子疾患やがんゲノム研究などの分野で有用な情報を提供します。しかし、エクソン領域外の情報を欠くという欠点もあります。そのため、研究の目的に応じて、全ゲノムシーケンス(WGS)やRNA-seqといった発現解析など、他のシーケンス手法と組み合わせて利用することが重要となります。
また、WESデータの解析は複雑で、質の高い結果を得るためにはバイオインフォマティクスの知識と技術が求められます。適切なソフトウェア・ツールの選択、データの品質管理、変異のアノテーションと解釈など、WESデータ解析の全プロセスは、専門的なスキルを要します。
参考文献
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Imielinski M, Berger AH, Hammerman PS, et al. Mapping the hallmarks of lung adenocarcinoma with massively parallel sequencing. Cell. 2012;150(6):1107-1120. doi:10.1016/j.cell.2012.08.029
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