はじめに
Whole Genome Sequencing(WGS)に関していままで原理や方法論などをご紹介して参りましたが、本記事では、Whole Genome Sequencing(WGS)を利用した研究を紹介して参ります。
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◆がんにおける大規模構造変異クロモスリプシスの検出
●Comprehensive analysis of chromothripsis in 2,658 human cancers using whole-genome sequencing
Cortés-Ciriano I, Lee JJ, Xi R, et al.
[published correction appears in Nat Genet. 2023 May;55(5):893. doi: 10.1038/s41588-020-0634-1] [published correction appears in Nat Genet. 2023 Jun;55(6):1076. doi: 10.1038/s41588-023-01315-z]. Nat Genet. 2020;52(3):331-341. doi:10.1038/s41588-019-0576-7
クロモスリプシス(Chromothripsis)は、染色体が一度のイベントで多数の断片に破砕され、その後修復される過程です。クロモスリプシスにより、重複や欠失、逆位、コピー数変化など多様な突然変異が一度に染色体に組み込まれて複雑な構造変化が起こるため、ゲノム解析が難しくなります。国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)とがんゲノムアトラス(TCGA)が共同で行っているがん種横断的な全ゲノム解析プロジェクト(PCAWG)は、構造的変異の検出に利点を持つWGSデータを用いて、多様ながん種においてゲノム解析を行い、クロモスリプシスががん種を問わず広く存在することや、がん種においては高い頻度で確認されることを示しました。さらに、クロモスリプシスががん遺伝子やがん抑制遺伝子の不活化に関与し、発がんメカニズムに寄与することが明らかになりました。
●Genomic alterations in two patients with esophageal carcinosarcoma identified by whole genome sequencing: a case report.
Inoue M, Tsubosa Y, Ohnami S, et al.
Surg Case Rep. 2024;10(1):191. Published 2024 Aug 19. doi:10.1186/s40792-024-01978-8
食道癌肉腫の2症例に対して、血液サンプルと切除検体を用いてWGSを行いました。この研究では、腫瘍増殖に関与するシグナル活性化を引き起こす遺伝子コピー数異常やクロモスリプシスなどの構造異常、がん化に直接寄与するドライバー変異、およびAPOBEC型の塩基変異の特徴を確認しました。ドライバー変異の一部は、全エクソームシーケンシング(whole-exome sequence: WES)を用いた既報の研究結果と一致しましたが、DNA相同組み換え修復に関連する遺伝子変異や構造異常は今回新たに発見されました。この発見により、活性化シグナルや組み換え修復経路が治療標的になる可能性が示唆されました。
◆希少疾患の診断
●Whole-genome sequencing of patients with rare diseases in a national health system.
Turro E, Astle WJ, Megy K, et al.
Nature. 2020;583(7814):96-102. doi:10.1038/s41586-020-2434-2
英国の「100,000 ゲノムプロジェクト」は通常診療では診断がつかない希少疾患をはじめとして、がんや感染症の診断向上におけるゲノムシーケンシングの重要性と保健サービスへの実践適応を目指すプロジェクトです。このパイロット研究では、13,037人からWGSデータを取得しています。WESはWGSと比較して低コストではあるものの、カバレッジの変動がWGSより大きい為に一塩基バリアント(single nucleotide variant: SNV)の検出の正確性に問題が起こりえる事や、WESでは検出できない大規模欠失が特定の患者に存在する事が明らかになりました。また新たに病的因子としてnon-cording領域の変異を同定しています。いずれもWESでは限界があり、WGSが可能にした発見です。
●100,000 Genomes Pilot on Rare-Disease Diagnosis in Health Care – Preliminary Report.
100,000 Genomes Project Pilot Investigators, Smedley D, Smith KR, et al.
N Engl J Med. 2021;385(20):1868-1880. doi:10.1056/NEJMoa2035790
こちらも、英国の「100,000 ゲノムプロジェクト」からの報告です。このパイロット研究では、2,183家族、4,660症例に対しWGSデータを取得しました。仮想遺伝子パネルの利用やExomiserアプリケーションを用いた表現型に基づいた変異の順位付けにより、疾患に関連する新たな病的変異を同定しています。この報告でも、WESでは検出しきれない構造変異や特定のゲノム領域に関して、WGSが診断率の向上に重要な役割を果たし、迅速な患者の意思決定に繋がることが示されました。
●Recommendations for whole genome sequencing in diagnostics for rare diseases.
Souche E, Beltran S, Brosens E, et al.
Eur J Hum Genet. 2022;30(9):1017-1021. doi:10.1038/s41431-022-01113-x
WGSを臨床診断において利用する際の推奨事項が、「診断ルーティン」「バイオインフォマティクス」「品質評価」などに細分化され、44項目にわたって述べられています。研究論文ではありませんが、WGSと臨床応用を考える上で重要な内容が記載されています。
◆ウイルスの同定
●Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Re-infection by a Phylogenetically Distinct Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 Strain Confirmed by Whole Genome Sequencing.
To KK, Hung IF, Ip JD, et al.
Clin Infect Dis. 2021;73(9):e2946-e2951. doi:10.1093/cid/ciaa1275
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)から回復した患者の再感染を、唾液サンプルを用いたWGSによって確認しました。ゲノム解析の結果、最初のウイルスゲノムは2回目のウイルスゲノムとは異なる系に属していることが示され、再感染の事実が明らかとなりました。それぞれのウイルスゲノムについてBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)による配列相同性検索を行った結果、初回感染時のウイルスゲノムは2020年3月および4月にアメリカやイギリスで収集された株と最も密接に関連しており、2回目のウイルスゲノムは2020年7月および8月にスイスおよびイギリスで収集された株と最も密接に関連していることが示されました。
●Isolation of viruses, including mollivirus, with the potential to infect Acanthamoeba from a Japanese warm temperate zone.
Morimoto D, Tateishi N, Takahashi M, Nagasaki K.
PLoS One. 2024;19(3):e0301185. Published 2024 Mar 28. doi:10.1371/journal.pone.0301185
高知県浦ノ内湾の海底底質サンプルから、電子顕微鏡による形態学的特徴に基づいて分類し、さらにWGSデータを用いて既知のウイルスゲノムとの類似度やコア遺伝子の系統解析を行い、12種類のウイルスを同定しました。亜寒帯域でのみ分離が報告されていたウイルス科の発見や、ウイルスゲノム中の遺伝子の保存・喪失の特徴を明らかにすることは、ウイルスの環境への適応や進化についての理解を深めるための重要な手がかりとなる可能性があります。
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