転写因子の役割

遺伝子の発現は、転写因子と呼ばれるタンパク質の一群によって調節されています。転写因子は、遺伝子の転写調節に関わるゲノムDNA領域(シスエレメント)に結合することによって、遺伝子の発現を調節します。特に、細胞の運命決定や生命体の構築が行われる発生期においては、転写因子によって遺伝子発現のパターンが時空間的に厳密に制御されることが必要です。

シスエレメントには、プロモーターやエンハンサーなどがあります。プロモーターは、転写を担うRNAポリメラーゼⅡが結合する領域で、遺伝子の転写開始点の直上にあります。エンハンサーは、転写開始点からより離れた領域にあります。転写因子は、プロモーターやエンハンサーに結合することによって、遺伝子の転写を促進したり、あるいは抑制したりします。

エンハンサーは数百bpからなる領域で、転写因子が結合するための特定の短いDNA配列(モチーフ)を含んでいます。実際には「ここからここまでがエンハンサー」とDNA領域を区切られるわけではなく、複数の制御領域が集合した数kbに渡る広い領域がエンハンサーとして機能していると考えられています。

ここでは、転写因子やシスエレメント(特にエンハンサー)を介した遺伝子発現の調節について、個体発生時の転写制御に関する知見を交えながら紹介します。

転写因子の結合様式とアウトプット

転写因子は、一般に6 – 12 bp程度の固有のモチーフを認識して結合します。しかし、個々の転写因子がそのDNA配列にどれだけ結合しやすいかというだけでは、エンハンサーへの結合や遺伝子発現のアウトプットを完全に説明することはできません。

まず、同じ領域に結合する転写因子が同時に存在する場合があります。例えば、転写を促進する転写因子と抑制する転写因子が共存していると、転写を促進する転写因子があっても、遺伝子の発現は抑制されるかもしれません。

同様に、ある転写因子が、同じ領域に結合する転写因子と協調してエンハンサーの活性を制御することがあります。例えば、SMADという転写因子は、パートナーとなる転写因子が異なることで、異なるセットのエンハンサーに結合します。細胞や組織、あるいは発生の段階に応じて特異的に発現している転写因子がSMADのパートナーとなることで、同じSMADでも異なるアウトプットを生み出すのです。

また、転写因子は常に発現しているのに、発生段階によってエンハンサーに結合していたりしていなかったりするタイミングがあります。こちらも主には転写因子間の相互作用によるもので、例えば、ある転写因子が先に結合していると、そのエンハンサーに対する別の転写因子の結合が変化することがあります。

エンハンサーへの結合だけではなく、遺伝子発現のアウトプットも転写因子の組み合わせによって調節されていることがあります。エンハンサーの活性が転写因子の濃度に比例している単純なケースもありますが、特定の組み合わせの転写因子がそろったときにだけ転写がONになるというON/OFFスイッチのような調節も行われています。

転写因子の結合を調節するメカニズム

これまで述べてきたような転写因子の協調的な結合は、転写因子間の直接的な相互作用だけではなく、間接的な相互作用によっても調節されています。転写因子のようなDNA結合性のタンパク質以外の因子(コファクター)と相互作用することによって、転写因子の認識するDNA配列が変化することもあります。

また、転写因子の結合はヌクレオソームの位置にも影響を受けます。ヌクレオソームの位置にあるDNAはヒストンに巻き付いているので、転写因子が結合しにくくなります。転写因子によっては、DNAに結合する前にヌクレオソームがどかされていなければいけません。転写因子自身がヌクレオソームの位置を調節するケースもあります。

転写因子とヌクレオソームの相互作用は、ヒストンの翻訳後修飾にも関連があります。例えば、ヒストンH3の4番目のリジンのモノメチル化(H3K4me1)や27番目のリジンのアセチル化(H3K27Ac)はエンハンサーに見られます。こうしたヒストン修飾が、転写因子の結合やエンハンサーの活性化の原因なのか結果なのかはまだ正確にはわかっていませんが、エンハンサー活性の有用な指標となります。

モチーフとエンハンサー構造

シスエレメントには、転写因子が結合するモチーフが並んでいます。このときに重要なことは、どういった転写因子の結合モチーフがエンハンサー内にあるかという点と、それらモチーフがどのような順序・方向・間隔で並んでいるかという点です。モチーフが正しい順序・方向・間隔で並んでいなければ、転写因子同士がシスエレメント上でうまく相互作用することができません。

また、転写因子がエンハンサーに「結合」していることと「機能」していることは必ずしも一致しません。エンハンサーに転写因子が結合していても、近傍遺伝子の発現がその転写因子によって調節されていないことが意外に多いことがわかっています。転写因子が結合して標的遺伝子の発現を直接的に調節しているのか、ヒストン修飾やヌクレオソームとの相互作用を介して間接的に調節しているのか、あるいは単に結合しているだけなのかは、実験的に調べなければなりません。

エンハンサーと個体発生の進行

発生や細胞分化の過程で、個々のエンハンサーの活性はダイナミックに変化していきます。ある種の転写因子は、ヌクレオソームがあるために他の因子では近づけないDNAに結合できます。そして、クロマチンリモデリング因子をリクルートし、ヌクレオソームの再配置を行うことによって、他の因子がアクセスできるようにします。こうした転写因子はPioneer factorと呼ばれており、代表的なものにMYOD1, PAX5, PU.1, FOXA1があります。

また、発生や細胞分化の過程で、類似した転写因子が順々に発現していくことがあります。例えば、胚性幹細胞(ES細胞)ではSOX2が様々な領域に結合していますが、神経に分化するとSOX3, SOX11に置き換わります。SOX2が積極的にエンハンサー領域を使用可能な(”Primed”)状態にしているのか、あるいは単にヌクレオソームをどかすために置かれているだけなのかはわかりませんが、次に使うことに備えてエンハンサーを使用可能な状態にしておくというしくみがあることがわかります。H3K4me1があり、H3K27Acがないエンハンサーがこうした状態にあると考えられています。

Regulatory Landscape

これまでは個々のエンハンサーの活性について見てきました。しかし実際には、1つの遺伝子に対して複数のエンハンサーがあることがほとんどです。例えば、マウスのHoxD遺伝子クラスターの上流には、800 kbに渡って多数のエンハンサーが並んでいます。これらがいろいろなパターンでプロモーターと相互作用することで、HoxD遺伝子群の発現パターンが厳密に制御され、肢芽(将来の手足)が形成されます。エンハンサーが複数あることで、遺伝子発現の堅牢な制御、相乗的な制御、階層的な制御が可能になると考えられています。

エンハンサーの活性は、立体的なクロマチン構造によっても調節されています。エンハンサーは一般に遺伝子から離れていますが、3次元的にはクロマチンのループ構造によって標的遺伝子の近くに配置され、プロモーターと相互作用しています。近年ではクロマチン構造を解析する実験手法が確立され、クロマチン構造と転写制御に関する知見が集まってきています。

参考論文

Spitz F, Furlong EE. Transcription factors: from enhancer binding to developmental control. Nature Reviews Genetics. 2012;13(9):613-626. doi: 10.1038/nrg3207.



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